プロジェクト 「建築が夢見る音楽」
– 建築空間体験と音楽体験の共鳴- (English Below)
古川聖、藤井晴行、濵野峻行
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>最新の作品 (シュレーダー邸による音楽)コンピューターバージョン
はじめに
私たちが行ってきた一連の研究は建築空間と音楽作品を同時生成する自己開発したコンピュータプログラムを使い、目で見、耳で聴きながら実験をくりかえし、建築と音楽はモダリティーは異なるが、その知覚認知、及びに美的秩序の認知のレベルでの深層構造において共通の基盤を持つという仮説(図1参照)を具体的に機序・データおよびにアートとして表現することを目標としてきた。このプロジェクトの特徴は建築、音楽の関係を建築や音楽自身の構造や素材の問題だけであると考えずに、人間が建築、音楽を身体を通してどのように感じ、体験し、認知するか、認知(科学)的視点を加え、建築、音楽を構造と認知、感覚のレベルにおいてつなぐ方法を模索するものである。
プロジェクトの概要
古代より現代まで建築と音楽は関係づけられて語られてきたが、「凍れる音楽」=建築という言語表現も単なる比喩であり、この分野における研究は実証性に欠けるとの批判はある。しかしドーリス式の重々しい5本の柱列をコントラバスで奏された低い重々しい二分音符5つに対応させたときに感じられる両者に通底する構築感、その対応関係の確からしさは比喩と言う言葉をこえて十分なものであり、比喩とされた言説も実は建築と音楽というモダリティーをこえて我々が仮定する深層構造の共通性を直感的に言い当てていると考えることもできる。(ここでは空間構造を時間構造へ写像しているわけだが、このゲシュタルト的認知は音楽においても基本的な構造認知であり、視覚で捉えられる空間構造である建築のゲシュタルト的認知に対応づける事は可能な対応の一つである。)我々の研究は建築、音楽の関係を建築や音楽自身の構造や素材の問題だけであると考えずに、人間が建築、音楽をどのように体験し、認知するか、つまり認知的視点を加え、建築、音楽を構造と認知のレベルにおいて横断的につなぐ方法に模索するものである。
本プロジェクトの目的はこれまでは思考実験として行われ、実証性に欠けるとされていた研究領域に構成論的なアプローチをもって、くりかえされる実験と仮説をとおして建築と音楽はモダリティーは異なるが、その知覚認知、およびに美的秩序の認知のレベルでの深層構造において共通の基盤を持つ、という我々の仮説を具体的にデータおよびに芸術表現として検証し、そして、この試みの新規性のゆえに必然的に出会うであろうクロスモダリティーの周辺に広がる新たなアスペクトを発掘しそれらに洞察をくわえ、この研究の次のステージへの突破口をつくっていくことである。
プロジェクトの内容
プロジェクトは我々が開発を続けようやくプロトタイプの段階まで完成した、建築空間と音楽表現を同時生成するコンピュータプログラム(図1,2,3)を使い、建築空間と音楽の認知、体験をつなぐ多次元のマッピングをインタラクティブに探索することにより進められるのだが、以下のような視点、方法に重点をおき研究は行われる。
1)構成論的アプローチ
建築空間と音楽作品を同時生成するコンピュータプログラムを繰り返し使い、目で見、耳で聴きながら両者をつなぐ構造的、認知的仮説を検証、実証する。
2)認知的視点
人間が建築や音楽をどのように体験し、認知するかつまり認知的視点をくわえ、建築、音楽を構造と認知のレベルにおいてつなぐ方法を模索する
3)芸術的、共感覚的視点
建築の美的認知においてその認知の内実は単なる空間認知にとどまる訳ではないことは明白であり、これは音楽においても同様で、それは時間空間の認知をこえマルチモーダルなものになっている。おそらくはこのハミ出した部分こそが両者をつなぐ鍵であり、この共感覚などとよばれる脳内における「複数の感覚の混線」に芸術の根源があるとの指摘もあり(ラマチャンドラン)、その意味で美的秩序、美的判断、アートの領域に踏み込んだ研究方法は実は必要かつ適切なものであると考える
ソフトウェア開発:
研究実験、作品制作用のソフトウェア(GESTALT-EDITOR)は現在、WEBアプリとして開発している。ユーザーはそのアプリを使い建築のエレメント(例えば、柱、床、壁、屋根など)を組み合わせ 建築モデル生成のためのパッチ(プログラム)が作るのだが、それらは3D-CGアニメーションソフト のBLENDERのための3Dモデルとそれを使った画像ファイルを生成する。そしてそのパッチから、音楽、つまり MIDI-Fileと試聴用のサウンドファイル(Mp3)、楽譜(pdf形式)も自動生成される。これらはすべて、WEB上で レンダリングされ、ユーザーにファイルのみが送られる。そしれこれら、音、建築モデルを統合する演奏用ソフトウェアにより演奏、提示される。 システムの解説録画@OIST沖縄
右側のSchroeder-Houseの構成、視点から自動生成された音楽。 アプリケーションにより生成された3Dもでる。写真 ©️Rietveld Schröder House
表現、作品例:
2)最新の作品(シュレーダー邸による音楽))コンピューターバージョン
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4)ファンズワース邸に基づく実験とパフォーマンス
建築家ミース・ファン・デル・ローエが設計し、1951年にイリノイ州に完成した住宅、ミースの 代表作、ファンズワース邸基づくパフォーマンス
シークエンス-a 全体を様々な角度、距離から見る(古川)
シークエンス-b 窓群に注目し、その構成や視点を変化させる(古川)
シークエンス-c 柱一本から始まり徐々に要素が加わり、建物の全貌が見えてくる(古川)
シークエンス-d 空間の分割、認知、把握2(藤井)
シークエンス-e 空間の分割、認知、把握2(藤井)
シークエンス-f 一本の柱から生成(藤井)
旧バージョン 解説(ja/en)とシークエンス Oist沖縄での公演)
5)シュレーダー邸に基づく実験とパフォーマンス
1924年に建築家ヘリット・リートフェルトによって設計された住宅、デ・ステイル建築を代表する作品で、世界遺産に登録されている。
6) 建築家 高松伸が設計した植田正治写真美術館に基づくパフォーマンス
(モデル作成 小林祐貴) 旧バージョン映像@東京芸大
7) 銘苅家住宅に基づく実験とパフォーマンス
沖縄の伊是名島にある国の重要文化財、銘苅家住宅に関する詳細な研究(藤井晴行/篠崎健一ら による)に基づく
実験映像-a (準備中)
学術的背景
古代ギリシアの音楽論、つまり音の振動とその協和関係、共鳴の物理である音程はそれを巡る宇宙的な思弁の広がりとともに、その数的比例が後の建築論に影響を与えた[文献1]。ローマ時代の建築家ウィトルウィウスも彼の古典的なテキスト「建築に関する10の本」の中で、建築家のための学際的な教育の必要性を説き、建築家の教育に音楽を取り入れてい[文献2]。これまでに音楽と建築は構造的に、象徴的に又は文学的に関係付けられ語られてきた。ヨーロッパ中世、フィレンツェにおいて建築家ブルネレスキによる大聖堂の設計(空間比)とその献堂式のために書かれた作曲家デュファイのミサの各部分の比例(時間構造比)が一致するとの研究は有名だが、近年の研究ではそのような意図、計画があったことは否定されている[文献3]。現在までに多くの芸術家、文学者、学者、その他によって「凍れる音楽」(ゲーテのものが有名)に類する、象徴的、文学的なレベルで音楽と建築に関して語られたが、建築と音楽を関連させた研究は実証性に欠けるとされてきた[文献4]。実際に音楽と建築を直接に結びつけるよう事例は20世紀後半におこなわれたコルビジェ/クセナキスによる、ブリュッセルの万国博(1958)のフィリップ館の建築とそれに関連して行われた作曲を待たねばならなかった[文献5]。そこでは建築空間の構成、マテリアルの生成などに使われた計算過程を共有する建築と音楽が生まれた[文献6]。しかしこのような方法は誰にも受け継がれず、発展させられることもなかった。それはこの壮大な試みが非常に特殊な形状の建築を扱い、一回限りのアートとしてはすばらしいものだが数的に表現可能な構造を直接に音や音のパラメーターに結びつけるという方法、及びにその結果には一般性が欠如していたからだと思われる。クセナキスの試みは建築という分野とは直接には関わらないコンピューター音楽の一領域としてのアルゴリズム作 曲(計算機による音楽の自動生成)の中で発展を遂げでいる。近年の建築と音楽が深く関係づけられて例としては建築家リベスキントのベルリン・ユダヤ博物館があるが、そこではシェーンベルクのオペラ「モーゼとアーロン」のもつ思想、音楽構成、表現にリベスキントの構造的意図が共鳴する形で、実際の建築物やマテリアルではなく、思念的、構想レベルでの関係性が見られる。
[文献1] アルベルティー建築論, 相川浩訳 中央公論美術出版 1982年
[文献2] Vitruvius,The Ten Books on Architecture, trans. M. H.Morgan , New York: Dover Publications,Inc., 1960
[文献3] Dufay’s “Nuper rosarum flores”, King Solomon’s Temple, and the Veneration of the Virgin、CraigWright、Journal of the American Musicological Society Vol. 47, No. 3 (Autumn, 1994), pp. 395-427+429-441
[文献4] 建築と音楽, 五十嵐太郎、菅野裕子、NTT出版 2008年
[文献5] Clarke, Joseph. “Iannis Xenakis and the Philips Pavilion” The Journal of Architecture 17 (2012) 213-229.
[文献6] Iannis Xenakis, Formalized Music: Thought and Mathematics in Music(New York: Pendragon Press, 1992)
[文献7] Roads, C. : The Computer Music Tutorial, The MIT Press ,2001
[文献8] 藤井晴行. 「アルゴリズミック・デザイン」, 鹿島出版会, Mar. 2009.
[文献9]「アルゴリズミック・アーキテクチュア」,コスタス・テルジディス(田中浩也監訳),彰国社,2010
コンサートなどの記録:
準備中
論文など:
ARCHITECTURE DREAMS MUSIC
〜Hearing Experience of Architectural Space〜